2017年07月06日

乗馬三原則(備忘録)

最近筆者が信条としている乗馬の三原則を忘れないために載せておきたい。
【乗馬三原則】
1.軽い騎座で乗る
  スクワットの姿勢で踵を下げ、股関節で鞍を押す体勢を採る。この姿勢が保持できる
  ように上半身のバランスを保つ。脚は最大限に長く見せるイメージで伸ばす。

2.内方姿勢の徹底
  隅角、斜め手前変換の入り・戻り、駈歩、巻乗り、輪乗りなどで内方姿勢を採らせる
  乗り手は内側脇腹を内側肘に添えるイメージでバランスをとる。これで馬は内側を向く。
  回転が必要なときは両手綱で馬を回す。
  (隅角で馬を外に出したいときは、外側拳を握る。手綱は引くものではない)

3.馬のリズムで乗る
  手綱の重みを肘で受けるように両手綱を構える。肘は脇腹よりほんの少し前に
  なるように、ハミ、手綱、拳は一直線になるように拳を空中で保持しておく。
  馬のバランスが崩れてきたら手綱を張って馬の頭を支えてやる。馬への扶助は
  馬のバランスを整え手綱を楽にしてから加えること。
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2017年05月17日

スポーツ乗馬の面白さ

乗馬を始める動機はさまざまあるが、初めてみて感ずる乗馬の面白さはスポーツとしての乗馬である。
その中身は
@馬が自然の状況で見せる常歩(なみあし)、速歩(はやあし)、駈歩(かけあし)の三つの歩様で走るが、その一つ一つ歩様で走っている馬の背中で乗り手は何物にも頼らないバランスを保持してその馬に乗っていられること。
A決められた経路を決められた歩様で馬をコントロールして走らすことができること。乗り手のバランスの保持はこのコントロールに不可欠なものである。
スポーツとしての乗馬は20メートルX60メートルの狭いフィールドで行われるわけであるが、馬は生き物であるということがこのスポーツの独特なものである。つまり乗り物にも意思があることである。馬と乗り手との間の協力関係が必要である。乗り手は馬に協力関係を求めていることを示す必要がある。
人間同士のペアで行うスポーツ(例えばテニスのダブルス)では人間同士のペアの協力が欠かせないが、乗馬もそれに似ているが馬と乗り手との共同という意思疎通が難しいもの同士のペアでする独特のスポーツである。
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2017年05月14日

【豆知識】睡眠の三法則

新聞に眠りやすいリズムについての三つの法則が載っていたのでノートしておきたい。

1.起き続ける時間が長くなると眠くなる。食べないでいる時間が長く続くと食べたくなる食欲と同じように睡眠も起きている時間が長くなると眠くなる。

2.16時間則。朝起きて約16時間たつと眠気が生じるようにわれわれの身体は仕組まれている。朝6時起床の人は夜10ごろに眠気が生じるわけである。

3.90分則。眠気は90分の周期で繰り返す。寝つき悪いときでも90分我慢して静かに横になっていると自然と眠気が来るので眠れるようになる。
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2017年05月12日

カナマラ・ポニー

アイルランドの在来種の馬でカナマラという品種のポニーがいる。カナマラ(connemara)というのは地名でアイルランドの西部にあるゴールウェーの北西にある。カタカナ表記では「コネマラ」「カネマラ」が使われている。自然の美しい場所で嘗てはウイスキーの香りつけに使うピート(泥炭)が採掘された場所である。日本のウイスキーメーカーで「カネマラ」をブランド名に使っているところもある。
さて、このカナマラ・ポニーであるが、「道産子」「木曽馬」と同じレベルの在来種である。ポニーであるが軽量な大人ものることができる。土地柄、荒地でも作業ができるように頑丈な身体の創りになっている。嘗てはこのカナマラ地方だけにいたが、現在ではアイルランドは勿論、ヨーロッパでも飼育されてが、「カナマラ」の品種管理がされている。
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2017年05月08日

「ハミ」「拍車」「鞍」「アブミ」「蹄鉄」(2)

鞍:鞍の起源は馬の背にのせる馬服と腹帯にあるらしい。芯入りの鞍はオリエントの騎兵隊が使い出し、紀元前四世紀ごろローマに伝わったといわれている。
アブミ:インド起源といわれている。紀元前二世紀ごろだといわれているが、そのアブミは革製で馬に乗るときの助けが主要な用途だったようだ。緊急のときに外れる金属製のアブミはかなり後のことでヨーロッパでは西暦730年ごろである。
蹄鉄:起源ははっきりしない。
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2017年05月05日

武蔵鐙(ムサシアブミ)

以前から気になつていた山野草に「武蔵鐙」がある。先日、野草園でその姿を写真に収めることができた。
R0015693.jpg
<武蔵鐙>
図鑑の説明によれば、ムサシアブミという名の花があぶみに似ていることに由来するが、ムサシは武蔵の国に自生しているわけではなく、武蔵の国がアブミの産地で武蔵鐙というアブミが有名だったことによる。
花の季節は「穀雨」ころである。
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「ハミ」「拍車」「鞍」「アブミ」「蹄鉄」

乗馬の歴史で重要な発明として「ハミ」と「拍車」そして「鞍」と「アブミ」さらに「蹄鉄」がある。それらの発明の歴史をまとめておく。
ハミ:6000年前のウクライナの遺跡で発見された馬の歯の摩滅状況から乗馬に際してハミ状のものを馬の歯槽間縁にいれていたことが分っているがそのハミ状のものの実態は不明である。紀元前1400年ごろにはエジプトやミケネで二環ハミが使われていた。その後様々の形のハミが用いられた。三環ハミもあつた。
現代では二環(single-jointed snaffle)が大半であるが、三環(double-jointed snaffle)もある。
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最も基本的なハミ
拍車:ギリシャでは紀元前5世紀ごろのつぼ絵に拍車が描かれているので、これより前に既に用いられいたのであろう。紀元前4世紀ごろのケルト人の遺跡から拍車が出土している。ローマ人もこのころから拍車を使用した。
なぜかこのハミと拍車は日本の騎馬では使われていない。
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2017年04月19日

Fly me to the moon

春の季節にお気に入りの曲を一つ。
Fly me to the moon
And let me play among the stars
Let me see what spring is like
On Jupiter and Mars
In other words, hold my hand
In other words, darling, kiss me

Fill my heart with song
And let me sing for ever more
You are all I long for
All I worship and adore
In other words, please be true
In other words, I love you

Doris Dayのヴァーションがナイス。
https://www.youtube.com/watch?v=NJCLX46m1Fk
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2017年03月29日

沖縄の馬(その2)

高良倉吉著「琉球の時代」(ちくま学芸文庫)を読んでいたら沖縄(琉球)の馬の記事にであった。
沖縄(琉球)が世界史の文献に明確に登場するのは中国の明の時代に明に進貢貿易を始めたという記事が明の記録「明実録」にあることをもってだということである。当時の沖縄の王は「中山王察度(さつと)」であり年代は西暦1300年あたりの話である。
その貢物の中に馬がある。馬・硫黄・胡椒・蘇鉄とあり、高良氏は馬・硫黄は琉球(沖縄)土産の品であるとしている。当時は沖縄にも沢山の馬がいたことになる。
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2017年02月19日

「ヒツジと馬」の物語

その物語のテキストは以下のようである:
その毛を刈り取られた一頭のヒツジが数頭の馬たちを見ていた。一頭は重い荷馬車を動かしており、他の一頭は大きな荷物を運んでおり、第三は一人の人間を勢いよく運んでいる。そのヒツジはこれらの馬たちに言った。「ヒトが馬たちを操縦しているのを見ると心が痛む[文字通りには、「私にとっては心が細る」]。」馬たちは言った。「よく聞けヒツジよ。ヒト、飼い主がヒツジの毛から彼自身のために一着の暖かい衣服を作りそしてヒツジにはもはや毛がないのを見ることは心が痛む。」これを聞いて件のヒツジは森に逃げていった。
残片しか残されていない言語でこのような文章を確信を持って作ることは不可能である。インドーヨーロッパ祖語の動詞の時制の標識は議論のあるところであり、関係代名詞の形式は不確かであり、インドーヨーロッパ祖語の補語(ヒツジが馬が荷物を運んでいるのを見た)の正確な構造は不明である。言語学者たちはこれを古くから残された一つの問題と見ている。Bynon 1977:73-74そしてMallory 1989:16-17を参照のこと。}
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